NHK Eテレ「私たちが存在する理由は何か?」番組まとめ

NHKで放送されている「モーガン・フリーマン 時空を超えて」

テーマは「私たちが存在する理由は何か?」

私たちが生きる意味とは。

人類は数十億年も続いてきた進化の産物としてここにいる。

単に生物としての欲求を満たすためだけに生きているわけではなさそうだ。

人類が獲得してきた知識には何か最終的な目的があるのか?

私たちは自らの手で運命を作り上げているのだろうか?

それとも無作為なハプニングの連続なのだろうか?

私たちの存在に何か特別な理由があるとしたら。

[番組内容(目次)]

[序章]

[ダメ出しが生命誕生の鍵?]

[進化のロイヤルストレートフラッシュ ]

[人も家畜化された!?]

[文化の遺伝子”ミーム”とは? ]

[生命の本質は”情報処理”?]

[生命は崩壊の間際?]

[苦難に耐えて生きるには?]

[モーガン・フリーマンからのメッセージ]

[解説]

(番組放送順と多少前後有り)

[序章]

私たちはなぜここに存在するのか。

誰でも考えたことがあるだろう。

私たちの目的は、そして運命は。

生物は生まれ、子供を作り、そして死んでいく。

そのような営みが、数えきれないほど繰り返された末に今の私たちがいる。

科学者は私たちが どのようにして存在するようになったのかを考えてきた。

最近は私たちが、なぜ存在するのかを考え始めている。

私たちの この複雑さは何かの意味があってのことなのだろうか。

生命には何か究極の目的があるのだろうか。

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[ダメ出しが生命誕生の鍵?]

英・ヨーク大学 生化学者 リー・クローニンの話し。

彼は全てのものは目的があって存在すると考えている。

例えば食べ物の「ハギス」

スコットランドの名物で羊の胃袋の料理。

今、ハギスが存在しているのは何百年もかけて洗練されてきたから。

そこには生物学と多くの類似点がある。


地球上に最初の生命が誕生したのはおよそ40億年前。

それ以前にあったのは様々な化学物質とスープのようなものだけ。

それらの化学物質が何故うまく結合し生物となったのだろうか。

単なる気まぐれのはずがないとクローニンは考えている。

シェフが気まぐれに食材を混ぜ合わせてもハギスができないのと同じ。

ハギスのレシピを生み出すのに必要なのはフィードバック。

お客さんから「これは違う」と何度もダメ出しされ、その意見を取り入れて少しずつレシピを改良し、美味しいハギスを作り上げた。


生命のレシピにダメ出しをしていたのは大昔の地球環境と考えられる。

自然界の進化の法則に長年かけて、生物進化を洗練させたと考えられる。

すごく素朴な料理が特別なごちそうへと改良されるように。

この考えが正しければ最初の生命が誕生する前から進化の力は働いていて、化学物質同士が競い合っていたことになる。

それを証明するためクローニンは研究室で化学物質を生命のような姿に進化させる実験を始めた。

使っている実験装置は、何百万年にも及ぶ化学物質の進化を数週間でシミュレーションできる。

4つの単純な化学物質でも組み合わせは170憶通りある。

まず機械が不作為に化学物質を選び出し配合液を作る。

組み合わせも分量も全て無作為。

次の機械は各配合液の雫を水に満たしたシャーレにたらす。

そして雫がどの程度の動きを見せるか観察する。


動きこそ生命の特徴の一つ。

二つ目の特徴は分裂で、すなわち複製。

三つ目は振動して周りの環境を感知できること。

雫が生命の兆しを見せると その化学物質の配合は残し、うまくいかなかったものは廃棄する。

残した配合には次の世代で わずかな無作為の変化を加える。

数週間の試行錯誤の末に選び抜かれた化学物質は活発に動き出した。

他の雫を追いかけて捕まえ取り込んでいく、また時には増殖もする。

この動きを屋外で見かけたら何か原始的な生物だと思うだろう。

しかし実際はそうではない。

少なくともこの段階では。


まだ実現していないのは雫が自力で栄養を摂取すること

環境から栄養を取り入れ成長し、分裂することが実現すればこの化学物質は本当の生命体と言えるものになる。

進化生物学者は、DNAが生命に根源的な目的を与えていると考えている。

より生き残りやすいように進化していくと言う目的。


しかし彼の考えが正しければ、それはDNAの専売特許ではないということになる。

DNAがなくても自然界で進化することが可能だと証明されたら大発見。

クローニンは全ての生物とそれを構成する化学物質には共通する存在理由があると考えている。

生き残り、進化すること。

エネルギーと物質があれば長いことをかけて物質は進化をすることができる。

それが自然の法則。

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[進化のロイヤルストレートフラッシュ ]

人間の体内の最も深い部分、細胞一つ一つの中で化学物質が自己複製を行なっていて私たちは それに突き動かされている。

しかし生命の目的が自己複製なら なぜ私たちは複雑になったのか。


原生生物は1日に何回も自己複製できる化学物質が詰まった袋を私達よりもずっと効率的に増やせる。

それなのに何故あなたや私のような複雑な生命体が ここに存在しているのだろうか


米・ミシガン州立大学 進化生物学者 リチャード・レンスキーの話し。

生物学者なら誰でも 地球上の歴史を描いた映画を全編この目で見てみたいと思うだろう。

これまでの出来事をなぜ起こったのかを知るため。

レンスキーには数十億年分の映画を見る時間はない。

しかし自分の一生のうち数十年分を進化の実験に費やしてきた。


30年近く前に彼は遺伝的に全く同一な大腸菌を選び、12の異なる容器の中で培養した。

別々の空間に置かれた大腸菌は それぞれに増殖し、限られた食物をめぐって競い合う。

レンスキーはその様子を観察し続けた。

大切なことは継続。

毎日欠かさず容器から少量の大腸菌を新しい培地へ移す。

すると大腸菌は そこで成長のエネルギーになる糖が尽きるまで増殖する。

次の日も全く同じプロセスを繰り返す。

それぞれの容器で大腸菌はわずかな突然変異をおこしDNAを変化させていった。

最初の15年間は どれも似たような進化を見せて容器の中の環境に適応していた。


しかしある夜、一つのコロニーだけが劇的な進化を遂げた。

大腸菌の数が激増していたのだ。

ブドウ糖を食べ尽くしたら終わりという生き方を変え、別のエネルギー調達方法を身につけた。

そのコロニーの大腸菌は一夜にして無害な化学添加物からエネルギーを抽出できるように進化した。

新しい能力を身につけた大腸菌は進化の競争で一気にトップに躍り出た。

調べたところ この劇的な進化を遂げた大腸菌は何千世代にもわたるDNAの長い複製の末にできたことがわかった。

大腸菌はそれまでずっとこの能力を眠らせていた。


レンスキーはこれをポーカーのようなものだと考えている。

運と技術の両方が勝負を決める。

ポーカーは どんなカードは配られるかと言う運に加えて技術がないと勝てない。

遺伝子の突然変異は配られるカードのようなもの。

正しい順番で正しい手札が揃えばその瞬間に生存競争の勝利者になる。

ただ鍵となる突然変異の前に必要な突然変異が揃っていないと意味がない。

ポーカーで最強のロイヤルストレートフラッシュを作るにはその前にハートの「A」や「10」などが揃っていなければならない。

そこに最後のカードが加わることで最強の手札が完成する。

違う手を作ろうと、例えば「7」を持っていたら台無し。

ロイヤルストレートフラッシュのためのカードが揃っている必要がある。


突然変異の中にはすぐには役立たないものもある。

しかし、その変異を無視し子孫に伝えていくことで大当たりを勝ち取ることもある。

これこそが大腸菌にとっても人類にとっても共通する目的だとレンスキーは考えている。

人類はもっぱら目の前の必要性に かられて生きているものの同時に子孫が大きな進化を成しとげるために少しずつ貢献している。

祖先の貢献のおかげでレンスキーは進化の秘密に触れる実験巡り会うことができたとも言える。


彼が亡くなった後も教え子たちがそれを引き継いでくれるだろう。

しかし、これがあらゆる生命にとっての目的と言えるのだろうか。

生きることの最も根源的な意味が何かは断定できない。

多くの予想外の出来事・幸運な偶然が生命を育んできた。

それは奇跡のような物語であり、レンスキーもその中のささやかな登場人物の一人。

彼は そのことを嬉しく思っているようだ。

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[人も家畜化された!?]

遺伝学者 ラジブ・カーンの話し。

なぜ私たちが生きる意味を懸命に探し求めるのだろうか。

ある説によれば五万年前人類は劇的な変化をとげた。

それ以降は種として生き残るために一人一人が生きる目的を見つける必要が生じたという。


貴方は今の自分が自己実現していると確信できるだろうか。

私、モーガン・フリーマンは幸運。

才能を見出すことが出来た。

では貴方の存在理由は?

自分の目的は自分で決められると しばしば言われる。

しかしその考え方は誤りで、進化の必要性から私たち一人一人が固有の目的を持って生まれてきたのかもしれない。


カーンは、生きる意味とは何か『遥か大昔の祖先と私たちでは目的が違う』と考えている。

違いが生じた大きな理由を農業の発達と家畜の登場にある。

家畜となっている動物の祖先は縄張りに侵入した人間を激しく攻撃したはず

しかし、家畜化された子孫は人間に近寄り餌をねだる。


カーンによれば こうした行動の違いは動物の遺伝子に由来するものだという。

脳の発達に影響を与える遺伝子があり、そこに変化が生じた。

いわば動物を子供っぽくする方向に作用した。

どの動物も数千の遺伝子からなる一連の染色体を持っている。

農耕が始まった当時、最も人に慣れた個体の子孫を繁殖させたことで特定の遺伝子に突然変異が起き家畜のヤギが生まれた。

同じ遺伝子の突然変異で狼は犬になった。

牛も同じように野生の牛が家畜の牛に。

どんな野生動物を家畜に変える場合も同じ遺伝子が突然変異する。

ただし一つだけ例外がある。


猫を食料にしている人はどこにもいない。

食用にはならないが、猫はネズミを捕らえるので結果的に収穫した農作物を守ってくれる。

猫が人間の生活圏内に入ることを許されたのは、そのような形で有益な役割を果たしていたから。

人間が意図的に飼い慣らしたわけではないのに猫はすっかり人間になついている。

では遺伝子に変化はないのだろうか。

野生のヤマネコと人間に懐いた猫を比較すると他の家畜と同様に多くの遺伝的変化があることがわかった。

特に従順さに関わる遺伝子に大きな変化が見られた。

つまり猫は自発的に家畜化したものと考えられる。


家猫は犬やヤギと違い自ら人に飼われるように進化した。

では私達自身は農耕が始まってから遺伝的な変化があったのだろうか。

人という種も過去1万年間に多くの遺伝的変化を見せている。

カーンの個人的な意見としては人もまた家畜化されたという。


私たちは大きな群れを作らないと生きていけない動物になった。

5万年前の野生的な祖先と比較すると私たちはおとなしく ひ弱で子供っぽい生き物になった。

しかし、がっかりする必要はない。

野性的な逞しさを失った代わりに私たちはより大切な生きる目的を得たから。


狩猟採集民族のコミュニティはせいぜい10人から20人、だから全員が何でも屋になる必要があった。

しかし500人の村になれば戦士や治療する人など特別な役割を持つものが出てくる。

都市の規模になればさらに進み、様々な専門家が生み出される。

動物が家畜化されるとそれぞれが独特な能力を発揮するようになる。

人も例外ではない。

それが文明の発展に大きく役に立った。

例えば農場を営むのに2人ではとても人手が足りない。

大工・機械技師・樹木管理・獣医など全ての人々がそれぞれの専門技術を生かすことで成り立っている。

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[文化の遺伝子”ミーム”とは?]

進化論研究者 スーザン・ブラックモアの話し。

私たち人類の繁栄は一人一人が高度な専門性を追求する心(情動)に支えられている。

しかし、それぞれが人生の目的を持つことが逆に私たちを追い詰めることになるかもしれない。

人間が存在する理由を奪ってしまう可能性。


おかしな画像をオンラインで共有したことは。

それは『「ミーム」=文化における遺伝子に当たるもの』がさせたもの。

世に広がっていく あらゆる考え方。

ダヴィンチ・アインシュタインにブッタなどの偉大な考えによって人類は進歩してきた。

ミームこそ生命の目的なのかもしれない。

私たちがミームを広めるために存在するとしていたら、別の形で目的が果たされた場合に人間は存在価値を失うかもしれない 。


ブラックモアは あらゆる生命に共通の目的は遺伝子を広めることだと考えている。

例えば鶏は遺伝子を運ぶ機械のようなもの。

そのために卵を産み続けていく。

家畜化されることで程よく太り、よりたくさんの卵を産むようになった。

私たちや鶏そして樹木の体内にもDNAが存在し、その情報に基づいて自らを複製している。

しかし人年と鶏には大きな違いがある。

私たちは言語などの能力を発達させたことで生物学的な遺伝子以外の形で情報を抑制できるようになった。

「ミーム」とは文化における遺伝子のようなもの。

直接・間接を問わず、人から人へと伝わるすべての習慣・技術・物語などあらゆる情報が含まれる。


「ミーム」は私たちの脳に働きかけ自己複製させようとしている。

遺伝子と同じようにミームも利己的。

隙あらば結果を考慮せずに広がろうとする。

例えば大昔は石の斧で戦うミームが広く拡散した。

しかし新しい、青銅で戦うミームがやってきた。

二つのミームは生き残るための競争をする。

ミームの運び手に自己を複製させ子孫へと受け継がせる。


生存競争に負けたミームは多くの場合滅びざる。

ミームの間で激しい競争が行われている。

私たちに利益をもたらし これまで自らを複製させることに成功したミームだけが繁栄し他は消滅する。

例えばドアのノックもミームのひとつ。

握手や挨拶の方法はいくつもあるのに西洋ではこれらのミームが定着した。


ブラックモア達は今地球の反対側から来たミームをイギリスで広めようとしている。

それはサンバの音楽。

サンバの音楽的進化は興味深いもの。

元々ブラジルでストリートミュージックとして発達した。

賑やかで躍動感があり、ブラジルの太陽といった形に進化してきた音楽。

そのサンバが全く気候の違うイギリスに行ってきて、動物が環境に適応するように新たな変化を見せている。

人類という運び体を通じてミームは広がり続けた。

しかし今新たなものが出現しつつある。

テクノロジーによって複製されるミーム。

それは「トリーム」と呼ばれる。


トリームによってデジタル情報が至る所に広がっている。

これは新しい複製の方法。

デジタル情報は人間ではなくテクノロジーを乗り物にして広がっていく。

人間の生演奏はミーム。

しかしスマートフォンに取り込んだ音楽は労せずして複製できるトリーム。


トリームはコンピューターによって拡散されることが多いので人々の取捨選択を受けない。コンピューターが私達よりも効率的にトリームを複製し広げることができるようになれば人類は存在理由を失うことになるかもしれない。

しかも私たちは進んでその道を選ぶかもしれないとブラックモアは考えている。

私たちが多くのデジタル情報をよしと思わなければ現代のようなことは起きない。

でも現実には私たちはもっと多くの音楽をもっと多くの本や動画など多くの情報をデジタルデータとして手に入れようとしている。

私たちがそれを好み喜んで推し進めていけば、いずれテクノロジーが私たちに取って変わるだろう。

情報のより効率的な複製や拡散、それが地球上の生命が求めてきた究極の目的なのだろうか。

ある物理学者は そもそも生命と情報は同じものかもしれないと考えている。

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[生命の本質は”情報処理”?]

米国・アリゾナ州立大 物理学者 サラ・ ウォーカーの話し。

生命の究極の目的とは?

情報だけを追い求める機械にとって代わられることだろうか?

少し違う考え方をする科学者もいる。

彼女によれば私たちは常に進化するアルゴリズムだと言う。

ウォーカーは生命の新しい定義について考えている。


彼女は生物学システムも物理システムだと考えている。

ただし非常に独特なシステム。

ダーウィンの進化論によれば複製能力の高いものは生き残り、遺伝子の引き継ぎに失敗した種が死滅する。

しかしそれが真実ならなぜ生物は、何故こんなに複雑な進化をしたのだろうか。

単純な生物の方が複製は簡単なはず。

ダーウィンの説に従えば生物は形体を単純化して繁殖力を高めた方が効率的に進化することができるはず。


例えば紙を切り抜いたタツノオトシゴの形を複製しやすくするにはどうしたらよいか。

その複雑なパターンを単純なものに変えればいい。

正方形の方がタツノオトシゴの複雑な形よりも複製するのはずっと楽なはず。

複製しやすくなれば生き残り、増殖していく可能性が高まる。

理論的には生物はより単純な形態に進化するはず。

しかし実際には そうなっていない。


地球上の生命は驚くほど複雑多岐な展開を見せている。

そこには何か遺伝子を複製すること以外の目的が存在するのではないだろうか。

彼女はその目的とは「生命を自己複製するアルゴリズム」だと定義している。

アルゴリズムとは問題を解決するための手順。

自分の複製を作り情報を処理する機械のようなものだということ。

彼女にとっては実感しやすい考え方 。

何故なら自分の小さなアルゴリズム(息子)を生み出したから。


彼女は幼い子供が物事を学ぶ姿を見られる。

子供は情報に飢えていて、家じゅうを探り回る。

彼女は息子を一つのアルゴリズムだと見ている。

この子の行動は全て自分が住む世界についての情報処理だということ。

食事をとるという行為もその一つ。

食事は情報処理そのもの。

環境から化学物質を摂取し、適切な化学反応をどう起こさせるべきかそれを見出す行為。


進化はより優れた情報処理機を作ろうとして人類を生み出したものだと彼女は言う。

進化には 決まった方向性のある情報処理できるシステムを目指していると思われる。

進化の方向性は生物を情報収集の競争へと駆り立てた。

視覚と聴覚は より鋭くなり、歯と爪は獲物を仕留めてその肉に含まれている情報を収集しやすいようになった。

私たちのすべての行動はより多くの情報を収集し解読しようという進化の方向性に従ったものだと彼女は考えている。


私たちが作り出すテクノロジーも同じ道を辿っている。

私たちは子供が幼い頃の姿を記憶に留めておきたいと思う。

昔はそのために絵を書いていた。

それからもっと良い方法を思いついた。

その場の光を捉え、本物そっくりの画像として記録するというカメラ。


カメラのアルゴリズムも進化している。

デジタルカメラは年々性能を高め、人の顔を認識できるようになった。

最近のスマートフォンのカメラは被写体が誰なのかも判別する。

私たちは より良い情報処理のためにテクノロジーを発達させた。

人類の技術や社会システムも進化という自然の営みがもたらせた結果。

生物とテクノロジーは手を携えて多くの情報を求め続けている。

これこそが命の究極の目的なのかもしれない。


進化とは環境の情報をより多く獲得できるできるようになること。

一方、その過程で環境の方もより複雑になる。

生物の進化が世界そのものを進化させる。

生物の目的は世界がどのように機能しているかを突き止めることなのかもしれない。


ある意味『宇宙は生物を通じて自分自身を理解しようとしている』のかもしれない。

生命の本質は知識を求める物語。

長い旅路の末に人類が宇宙の全てを知る日がやってくるかもしれない。

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[生命は崩壊の間際?]

米・コーネル大学 物理学者 ジェームズ・セスナの話し。

しかし別の可能性もある。

情報を求めすぎるがゆえに私たちが滅びさるかもしれない。

一般に進化は良いことだと考えられている。

様々な種が、それまでよりも高度で複雑になり生き抜くための技術を磨こうと奮闘している。

しかし進化は必ずしも成長を意味するわけではない。

それは後悔の繰り返し。


セスナは安定と崩壊を隔てる危うい一線について研究している。

例えばライスクリスピーは何年間も保存することができるが牛乳に浸すとパリパリと音を立てて崩れていく。

バリバリと音を立てている時にシステムはふたつの異なる状態の間を移行している。

この場合は乾いた状態から濡れた状態への移行。

安定と崩壊を隔てる一線、いわゆる臨界点でシステムはどのような振る舞いをするのか。


燃える牧は空気のかたまりが膨張する中でパチパチとはじける。

降り積もっていた雪は小さなきっかけで巨大な雪崩を引き起こす。

セスナによれば私たちの体もまた危うい臨界点に立っている。

皮肉なことに何百万年もの間、私たちを守ってきた能力のせいで危うい立場に立たされているかもしれない。


 私たちの聴覚は限界近くまで研ぎ澄まされている。

そのため周囲の空気にわずかな変化が起きただけで脳内に様々な思考やイメージを溢れさせる。

人間の聴覚は非常に精密に調整されている。

これ以上敏感になったら空気の分子が鼓膜にぶつかる音すら感知してしまだろう。


目はさらに敏感。

目のニューロンはわずかな光にも反応する。

敏感すぎて実在しない幻影を見せることさえある。

数十億年の間に生物はあらゆる感覚を発達させてきてそれが極限まで来てしまった。

セスナは今私たちの体で機能している全ての細胞は安定と崩壊の狭間に立っていると考えその現状について研究している。


人の細胞の細胞膜はナイフの刃の上に立っているようなもの。

環境にわずかな変化があれば脂肪とタンパク質の構造が崩れてしまう。

細胞は内部に放出する物質を判別するため精密に調整されている。

常に臨海点に近い状態にあり、外部の新たな情報に対して迅速に反応しやすくなっている。

そのため細胞膜、私たちの感覚を構成する細胞はいつ崩壊してもおかしくない状態にある。


さらにセスナは生物のシステム全体も同じ状況にあるのではないかと考えている。

例えばムクドリの群れ。

一羽が外部の天敵に反応しただけで全体が動くので捕食者がこの群れを襲うことはほぼ不可能。

1羽1羽は近くの鳥と同じ方向に飛ぶようにプログラムされていると考えられる。

ムクドリの群れは安定を保つギリギリの境界上にある。

だからこそ環境に対して迅速に対応できる。

恐竜の体も危うい均衡を保っていた。

このような状態は捕食者から身を守るために最適化されたものだが ある状況への最適化は常に代償を伴う。


最適化とは見方を変えれば周りの環境やシステムに最大限依存しているということ。

それだけにわずかなバランスの崩れが致命的な欠陥を招く。

気候の変化が恐竜を絶滅に追い込んだ。

一羽の誤った動きが群れを崩れさせる。

数個のニューロンの異常がテンカンの発作につながるように細胞膜の構造が崩れ死滅する。

そう考えると人類も破滅の淵に立つかもしれない。


私たちは環境に最適化することで繁栄を謳歌してきたが、その最適化が破滅を生み出す可能性がある。

しかしセスナは希望を持っている。

私たちには破滅を回避する能力があるという。

人間は今のシステムが臨界点にあることを自覚している。

だからこそ世界をコントロールする能力を発動させ、問題を分析し災いが深刻化することを避けることができる。


これまでのように簡単に崩壊してしまう生命に一体何の意味があるのだろうか。

ある科学者の答えは単純。

生命が存在する意味が その意味を探すことそのもので『目的を考えることで全てが変わる』と言う。

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[苦難に耐えて生きるには?]

米・コーネル大学 心理学者 トニー・バローの話し。

人類は宇宙のすべてを知る運命なのか?

あるいは他の者にとって代わられるのか?

究極の目的を考えるのは雑事にまみれた日常の中では困難?

しかしそれは間違いかも。


 バローは、私たちが何故ここに存在するのかその意味を考えることで日々の苦労を乗り越え安くなるかもしれないと考えている。

私たちはどこから来てどこへ向かうのか。

彼は人生の旅について考え続けている。


きっかけは彼の家庭環境。

生後2ヶ月で黒人の彼は白人の養父母に引き取られた。

自分と肌の色が違う両親を持つと人種について考えることが多くなる。

差別や迫害を受けている人について知りたいと思い、そこから人生の目的についても色々考えるようになった。


ハイキングには目的地がある。

しかし人が人生の旅路を歩みながら多くの苦労に耐えるのは必ずしも目的地に着くためではない。

必要なのは目的地に向かうこと そのもの。


目的を持つことで自分自身や世界の捉え方が無意識のうちに変わると彼は考えている。

バローが勤めるコーネル大学は急な上り坂の上にあり、学生たちは朝からちょっとした試練を強いられる。

心地よいベッドと厳しい授業、何百メートルと続く上り坂はその間にそびえる最初の障壁。

以前ある学生がバローの元にやって来て「火曜日は授業休んですみませんでした、エネルギーが出なくてどうしても丘を登れなかったです」

これが彼の実験のきっかけ。


バローは学生たちに上り坂の麓で その日に達成したいと思う目標を尋ねてみた。

そして丘の上では別の調査員が坂の険しさと昇る大変さについて尋ねさせた。

登りきった後の「坂の険しさに対する評価」と「坂を登る大変さ」の間には明らかな相関関係が見られた。

坂が急だと思う人ほど「登るのが大変だと感じる」これは当然のこと。

バローはそこにひねりを加えた。

何人かの学生には質問を変え、その日の目標ではなく人生の長期的な目的を尋ねた。


その日の目的とは短期的で簡単に達成できるもの。

人生の目的とは必ずしも達成できるとは限らないが、自分の夢にどのように近づくか方向づけするもの。

人生の目的を文章に書いた学生たちはその日の目標を書いた学生たちに比べて急な上り坂をあまり苦に感じないことが分かった。

将来の目的を持つことで人間は目の前にある苦しみ から ある程度解放されるようだ。

それが文字通りの坂道でも。

乗り越えなくてはならないほどの人生の問題でも。

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[モーガン・フリーマンからのメッセージ]

目的を持つことで私たちは永遠に留まるわけではないことを自覚する。

自分が特定の方向に向かっていると分かれば途中にある障害もそれほど苦にならない。

目的意識によって人生の苦難を乗り越えやすくなる。

人生の目的は私たちの前に続く坂道をなだらかにしてくれるようだ。


 私たちが今ここに生きているわけとは。

アンネフランクやネルソンマンデラは絶望の淵でその問いに応えようとした。

人生を意味あるものにしようとした彼らの決意は世界を動かす力となった。

全ての生命に共通する目的はないのかもしれない。

私たちはそれを探し求める。

生きる理由を見つけることこそ私たちの究極の目的なのかもしれない。

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