時空を超えて「”運”は実在するのか?」番組まとめ

2018年

NHKで放送されている「モーガン・フリーマン 時空を超えて」

テーマは「”運”は実在するのか?」

運、それは不可解で気まぐれな力。

そもそも運とは何なのか。

宝くじが二度も当たる人もいれば、訳もなく不運に見舞われる人もいる。

奇妙な偶然の一致や運命のいたずらの背後には何があるのだろうか。

私たちの運命はただの偶然に左右されるものなのだろうか、それとも何かの物理的な法則で予め定められているのか。

運は実在するのだろうか。

[番組内容(目次)]

[序章]

[モーガン・フリーマンの話し]

[全ては気の持ちよう?]

[大切なのは諦めないこと!?]

[脳は物語を作りたがる]

[人生のリスクを計算]

[ DNA に潜むランダム性]

[量子力学が示す不確定性]

[無数の宇宙と無数の自分]

[モーガン・フリーマンからのメッセージ]

[解説]

(番組放送順と多少前後有り)

[序章]

あなたは どうやって今の地位に就いたか。

懸命に努力した人もいれば親の財産を受け継ぎ働いたことがない人もいる。

この世には意のままにならないことがある。

それは定められた運命なのだろうか。

それとも偶然なのだろうか。

人が運を作るのか。

運が人を作るのか。

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[モーガン・フリーマンの話し]

私が若い頃『幸運のウサギの足』というお守りが流行りました。

ウサギの足が何故か幸運を呼ぶと信じられていたのです。

効果があったのかどうかはよく分かりません。

うさぎの足は遥か昔になくし、私はお守りのたぐいを信じない大人になりました。

しかし、若い頃の私は何かを感じていたのかもしれません。

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[全ては気の持ちよう?]

カジノを覗くと多くの人たちが様々なゲン担ぎをしています。

ある女性は、

『最初にお祈りをして息子の誕生日の数字にかけます』

別の女性は、

『チップを全部同じ向きに揃えます』

人がゲンを担ぐのは、それが運を左右すると信じられているから。


英国・ランカスター大学 心理学者のサリー・リンケナウガーの話し。

彼女は『運があると信じることでプレーが変わってくる』と考えている。

その仮説を検証するためにいくつかの実験を行っている。

定期的にゴルフをする人たちを集め、その半数にこれから使うパターは有名なゴルファーのものだと伝える。

そのパターを使って10回パッドをさせる。

残りの半数には別の説明をする。

すごくいいパターとだけ伝えて10回パットさせる。

このような比較実験を何度か繰り返すうちに一定のパターンが見えてくる。

有名なゴルファー・ベンカーティスのパターだと聞いた人達は、ただのバターだと聞いた人達に比べてパッドを成功させる確率がおよそ15%上がること分かった。

縁起の良いパターという思い込みが成功させる確率を上げていると考えられる。

ゴルフに限らず何かで良い結果を生むためにはプレッシャーが最適なレベルにあることが大切。

プレッシャーが小さすぎても大きすぎても良い結果は出せない。

でも何かに挑戦し人に見られているという状況では過剰なプレッシャーを感じがち。

縁起の良いパターはそのプレッシャーを和らげてくれるようだ。

パットをする際に被験者はいくらかプレッシャーから解放されたのだと考えられる。


さらに研究を進めると運を信じることで視覚にも変化が現れることが分かってきた。

リンケナウガーはパソコン画面にグリーン上のホールの大きさを描いてもらう実験を行った。

誰もがホールの大きさを小さく感じていたが縁起の良いパターを使った人たちはその程度が少なめだった。

普通のパターでプレイした被験者は縁起の良いパターを使った人たちに比べ、平均で11%小さく見えたことが分かった。

そのぶんパッドが難しく感じられたと考えられる。

運は私たちの心が作り出すものなのだろうか。

物事を成功に導く上で大事なものは自信。

有名なゴルファーのパターを持つことで被験者は自信を持つことができた。

でも、それは運とは少し違うと思われる。

『不安やプレッシャーへの一つの対処法であり自分でコントロールできることだから』

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[大切なのは諦めないこと!?]

ある科学者はプレッシャーのコントロールの様な心理的作用には限界があると指摘している。

米・ノースウエスタン大学 統計学者ジョナサン・コーラーの話し。

彼は統計学的に見れば、運の善し悪しはあまり意味がないと考えている。

花形アスリートでも調子の良い日や悪い日がある。

しかし、全体を均せばある程度の平均値に納まるということ。

あるバスケット選手のスリーポイントシュートの成功率が33%だったとする。

しかし調子がいい日は50%、一方調子が悪い日はもっと下がるので均せば33%ぐらいになる。

何も不思議なことではない。

しかし立て続けにシュートが決まる『ホットハンド』と呼ばれる現象はどうなのだろうか。

何か神がかったことが起きてるように見えるが、ホットハンドは選手が一時的にプレイのレベルを上げシュートを連続して成功させる現象。

例えばシュートを7回連続で決めるかもしれない。

そうなれば本人も観客もこれは「とんでもなく ついてるぞ」と思うことだろう。

何か尋常ならざることが起きているのか。

その選手はシュートの成功率80%の天才なのか?

答えはノー。


コーラーは NBA の上位にいる選手のスリーポイントシュート成功率を分析してみた。

シュートが6回、7回と決まれば ほとんどの人はついていると考える。

確かにそういう現象は存在する。

しかし、それがつきによるものという証拠は全く見つからない。

バスケットのスター選手は普段から通常の選手に比べ 高いレベルのプレイをこなしている。

自分の力を常にピーク近くで発揮し、シュート成功率50%の選手は平均すると2回に1回はシュートを決めている。

それこそ運が幻想に過ぎないことだとコーラーは言う。

別の統計学者も別のゲームで同様の研究を行なって同じ結論を出している。

ある選手のシュート成功率が50%ならコイン投げに置き換えることで話が分かりやすくなる。

1人が100回コインを投げ、もう1人が結果を記録する。

コイン投げの結果はランダムなはず。

でも7回連続で表が出ることがあった。

その確率は『100回という大きな枠組みの中で起きた出来事』であることを考える必要がある。

回数が多ければそのぶん表が出る確率も高まる。

コインを10回投げて表が7回続けて出るのは2%程度の確率。

しかし100回投げた場合その確率は32%まで高まる。

直感には反することだが ついているという状態は運ではなく統計的に十分起こりうること。


人は変わったパターンに目を止めがち。

4回連続でシュートを決めれば観客は大騒ぎをするが、5回目を外し6本目を入れて7本目をはずし8本目と9本目を入れても気にも留めない。

こうした統計的に起こりそうなことの連続は成果が求められるあらゆる分野で見られる。

会社の成績が昨年は絶好調でも今年は大不調かもしれない。

だが大きな枠組みで見ればどちらも当たり前の出来事。

コーラーはだからこそ

『必要以上にうかれたり失敗に落ち込んだりする必要はない』

という。


何かが起きる確率が高い時も偶然によって逆の結果になるかもしれない。

統計学的に言えば重要なのは諦めずに挑戦を続けること。

私たちにコントロールできるのはチャレンジの回数。

何度シュートを打つか何度デートを申し込むか失敗のリスクを背負わずに正解を得られない。

しかし私たちの努力とは無関係に何か大きな力が運命を動かしているように思える時がある。

驚くべき偶然の一致や信じられない幸運。

何が私たちの人生を導いているのか。

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[脳は物語を作りたがる]

ギリシャ神話には運命の女神が三人いて「一人目が人生の糸を紡ぎ、二人目がその長さを測り、三人目が糸を断ち切る」

私たちの知らぬところで運命が動く仕組みを説明するには適切な例えだと言えるだろう。

人は物事の意味を考える事に疲れると こう呟く「まあそんなこともあるさ」

2001年の夏イギリスに住む10歳の少女ローラ・バクストンは風船に自分の名前と住所を書き空に飛ばした。

風船は200キロ以上の距離を飛びある場所に落ちた。

それを見つけた人物は驚いた。

隣の家に住む少女の名もローラ・バクストンだったからだ。

これは単なる偶然なのかそれとも必然なのか。


米・カリフォルニア大学 認知科学者 トム・グリフィスの話し。

彼にとってローラ・バクストンのエピソードは、人間の思考力の長所と短所を探る恰好のサンプルになる。

これが起こる可能性は?と人が尋ねる時は答えを出しにくい分野の時。

データがあれば人はそれに基づいて思考して問題を解くことができるから。

人間はある出来事の詳細を聞き、そこから物語を作ることは得意。

しかし、ある出来事が起きる確率を推測するのはあまり得意ではない。


例えば同じ誕生日の人がいるのを50%の確率にするには何人集めればよいか?

『1年は365日、その半分は183日で183人の人を集めれば同じ誕生日の人がいる確率は50%』多くの人はそう考える。

その考えは間違いで『23人いればいい』

ペアの組み合わせを考えてみる。

5人いればペアの組み合わせは10通り。

10人いれば45通り。

15人いれば105通りになる。

そして23人いれば253通りの組み合わせ。

同じ誕生日の人が同じ確率で存在する数字183よりも大きくなる。

人はこの手の組み合わせに関する確率の構造を理解できない。

直感的にペアの確率は直線的に増加するものだと考えてしまい非直線的に増加するという考え方を受け入れられない。

余談

5千万世帯の人口のテレビの視聴率を測るのにサンプル数は1000世帯。

これでも数学的に計算すると5千万世帯をサンプルにした場合との誤差は1.5~3%以内になる。


私たちはどんな場面でも意味のある物語を見出そうとする傾向がある。

地球上に70億以上の人がいることを考えれば驚くような偶然の一致が起きたとしてもさほど不思議ではない。

サンプル数が十分に大きくなればどんな偶然の一致も起こりうる。

偶然の一致を100万分の1の確率で起きるものにした場合、毎秒一つの出来事が起きるとして月に1度は偶然の一致に出くわすことになる。

『そう考えればローラ・バクストンの風船が同姓同名の少女のところにたどり着いたのも偶然の一致』

この複雑な世界を理解するため私たちは様々な出来事に一定のパターンを見出そうとし時には間違った結論を出す。

しかし、それが全く新しい考え方を生み出すこともある。

一人の少女が飛ばした風船が同姓同名の少女のもとに届いたこの問題について考えるとパターンに対して敏感になりすぎるあまり誤った結論を出しがちになる。

しかし多くの人が驚く偶然の一致はこの世界にシンクロニシティが実在する可能性を示唆している。

この世界は不確実なことに満ちていて私たちの脳はそれを理解しようと努めている。

その結果が重なる場合もあればそうでない場合もある。

『私たちが特に答えを知りたい謎の一つは運はいつか尽きるのかということ』

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[人生のリスクを計算]

ある科学者は運と確率の関係を正しく理解することで死の恐怖を和らげることも出来ると言う。

運の存在を信じるなら負の側面も受け入れなくてはならない。

人は誰でも死と隣り合わせ。

その時が来るのをできるだけ先に伸ばしたいと思い食事や運動に気を使っている。

しかし効果はあるのだろうか。

全ては運命次第ということはないだろうか。


英・ケンブリッジ大学 数学者 デヴィッド・スピーゲルフォルダーの話し。

彼は確率論の権威と呼べる人物。

確率とは直感的に理解できない難しいものだと思われがち。

しかし将来起きるかもしれない物事の確率を計算することは価値のある仕事。

現代人は不運に過剰反応ぎみで、その原因は珍しい出来事があるとマスコミが大げさに騒ぎすぎるからだとスピーゲルフォルダーは考えている。

新聞やテレビを見ると悲惨な出来事のニュースが次々と飛び込んでくる。

しかし当然のことながら何もない時は報道もされない。

『今日は100万人の児童が通学し誰も怪我をしませんでした』

そんな記事では新聞の一面を飾ることはできない。

思いがけない死のニュースを聞くと人の運命は予測不明なものに思える。

しかしスピーゲルフォルダーはいつ死が訪れるかについて別の見方をしている。

彼が生まれた1950年代初めには、多くの人が70過ぎまで生きられれば御の字だと思っていた。

しかし今は平均寿命が82歳ぐらいに伸びている。

彼が歳を重ねるにつれて毎年およそ3ヶ月平均寿命が延びている、それがここ何十年も続いている。


もちろんその人の生活次第で寿命は長くも短くもなる。

タバコを吸うのであれば82歳まで持たない可能性は大きい。

タバコ一本はおよそ15分ぶんの寿命を縮める。

平均的な喫煙者は一日に20本吸うから毎日5時間、一年で76日分 自分の寿命を縮めていることになる。

逆に寿命を延ばすこともできる。

例えば1日30分ランニングをすれば30分寿命が伸びる。

ただし、それはランニングに費やした時間と同じ長さ。

ライフスタイルは寿命に影響を及ぼす。

しかし、そのような統計にはある種の錯覚が潜んでいる。

毎日ベーコンサンドイッチを食べると大腸癌になるリスクが20%高まると言われている。

しかし100人中5人は どのみち大腸癌になる。

100人全員が毎日ベーコンサンドイッチを食べたらその5人が6人になるだけ。

100人につき一人増加は そんなにひどい数字ではない。

正しい生活は長生きする確率を高めるが、明日突然死ぬ確率は決して0ではない。

年をとるほどに死のリスクは高まるが、明日突然死ぬという不安を前に人はどう人生を送るべきなのだろうか。


今、この時を謳歌すべきなのか、あらゆるリスクから身を守ることを考えるべきなのか。

スピーゲルフォルダーは『マイクロモート』という単位を使ってこの問題に取り組んでいる。

1マイクロモートは死亡の確率100万分の1を示す。

一生のうちに落ちた隕石に当たって死ぬ確率は1マイクロモート(※1)

ただし、それは日常生活1日分の数字と同じなので他の事を気にした方が良い。

彼の計算では乗馬で死ぬ危険性は0.5マイクロモート。

ハンググライダーは8マイクロモート。

標高7000m以上の登山の場合は4万3000マイクロモート。

となるとどこまでリスクを冒す価値があるのだろうか。

それは年齢にもよる。

※1:ちなみに日本で発売されているジャンボ宝くじの当選確率は1000万分の1

もし一生のうちに10枚だけ宝くじを買って1等に当選した場合と隕石に当たって死ぬ確率が同じという事になる。


平均的な18歳が1年の間に死ぬ確率は500マイクロモート。

しかし60代になるスピーゲルフォルダーが死ぬ確率はその14倍になる。

背負うリスクは高くなる。

大胆に行動するか慎重に行動するか関わらず予期せぬ不運からは逃れられない。

車を運転するだけでもリスクは毎年40マイクロモート上がる。

『人生は偶然の出来事に翻弄されるものだがリスクを受け入れつつ生きることはできる』

実際ほとんどの人はそんな風に生きているし、避けようがない未来を知りたくない人も多い。

運それは私たちの想像以上に深いところで重要な役割を果たしている。

誕生の時にまで遡り、運がDNAに刻み込まれているかもしれない。

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[ DNA に潜むランダム性]

全ての生物は遺伝的にプログラムに従う細胞でできている。

細胞はプログラムに従い植物なら葉や枝、人なら手や足などを形作る。

小さなDNAから自然界の秩序や正確さが生れる これこそ生命の奇跡。

しかしその生命は根本的に一種の無秩序が存在する。

偶然の巡り合わせが生命の誕生を可能にしているから。


米・カリフォルニア工科大学 生物学・生態工学・応用物理学 生物学者 マイケル・エルヴィッツの話し。

人体を構成する細胞は周りの状況を感じ取り、適切な時に適切な方法で対処する機械のようなものだと思われている。

では細胞が「予測通りに動く機械のようなものではない」としたらどうだろうか。

実は状況への対処は運任せで決めているのだとしたら。

細胞内の遺伝子はタンパク質の生成をコントロールし、そのタンパク質が各細胞に異なる振る舞いをさせている。

最近このプロセスを目で見られるようになった。

クラゲに光る遺伝子がある。

エルヴィッツの研究チームは、その遺伝子をクラゲから採取し他の細胞に注入した。

これによって遺伝子のスイッチがオンオフする様子を見ることが可能になった。

研究で使っている顕微鏡では、青いタンパク質・赤いタンパク質・緑のタンパク質細胞が育ち、分裂して小さなコロニーを作る様子を画像として得られる。

最終的にその写真を繋ぎ合わせてコマ撮りの動画を作れる。

それを見ると一つの遺伝子がいつオンになり、いつオフになるのか確認できる。

エルヴィッツが作り出す細胞はクローンなので同じ時に同じように振る舞うはず。

つまり同じ時に細胞の色が変わるはず。

でも実際にはそうならない。


エルヴィッツは数百回もの実験を行い、その原因を探るため様々な細胞の内部の働きを調べている。

例えば、赤と緑のタンパク質を発現する大腸菌株を作った。

どちらの色も非常によく似た遺伝子から発現するので片方のスイッチがオンになればもう片方もオンになるはず。

得られた顕微鏡画像を見ると二つのタンパク質がそれぞれどれぐらい発現したかが分かる。

二枚の写真を次々に切り替えて見ると、いくつかの細胞は一方のタンパク質が もう一方のタンパク質よりもずっと多く作られているのが分かる。

赤のタンパク質も緑のタンパク質も同じように制御されているはずなのにランダムに発現しているということ。

この実験により細胞内部の働きは機械のように正確ではなく運任せだということが分かってきた。

これらのタンパク質は一定の間隔で現れるわけではなく一度にどんどんと現れたかと思うとしばらくは動きがなかったりする。

予測不能なタイミング。

細胞でさえタンパク質が いつ生成するか制御できない。

この現象はあらゆる生物の細胞で観察されているためDNAの基本的な性質だと考えられている。


瞳の色や命に関わる病気にかかるかと言ったことは遺伝に加えこのランダム性も大きな要因になるのかもしれない。

このようなランダム性が存在するのは生き延びるためと言う根本的な目的によるものだとエルヴィッツは考えている。

誤った遺伝子を発現すると最後は死んでしまう。

しかし重要なのは個別の細胞ではなく手段として生き延びること。

いくつもの細胞がランダムな働きをすれば、そのうちのどれかは適切な時に適切な働きをするだろうと希望を高く持てるわけである。

全ての細胞が同じことをするというのはリスクの高い戦略。

競馬で有り金すべてを一頭にかけるようなもの。

一つ間違えば一文無しになってしまう。

様々な形でリスクを分散させた方が賢明。

どうやら自然界のプログラムには極めて基本的な部分でランダム性が組み込まれているようだ。

『運や偶然なしには生命も存在しない』

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[量子力学が示す不確定性]

運は遺伝子の一部どころか もっと根本的なものかもしれない。

遺伝子よりもさらに小さな構成要素「素粒子」

量子力学の法則が支配する素粒子の極小の世界にこそ運の本当の正体が隠れているのかもしれない。

素粒子の世界は不確かな世界。

電子などの素粒子は『観測されるまでは同時にいくつもの場所に存在することができる』

この世界はそのような素粒子から成り立っている。

ということは確固たる存在と思われているようなものも 気まぐれな何かに左右されているのだろうか。


米・マサチューセッツ大学 物理学者 クリストファー・フックスの話し。

彼は量子力学と確率論を結びつける研究をしている。

量子力学は現代の様々なテクノロジーの基礎となっている。

そしてフックスによれば量子力学の根底にあるものこそ運。

量子力学が扱うのは不確定な世界。

その不確定性が生じるというのは「私たちが知りうることの全てを知っているわけではない」ため。

あるいは物事が起きる瞬間まで「この世界がどうするかを決めていないせい」かもしれない。

量子の世界の不確定性はそれに近いもの。

この世界で物の動きを支配するのは一種の賭け。

量子の世界においても偶然や運が大きな意味を持つとしたら人間の運にも同じことが当てはまるかもしれない。

ただし量子力学と運の関係については物理学者の間でも意見が分かれているのが実状。

100年以上に渡ってかわされてきた議論はますます白熱している。

コインを投げて表が出るか裏が出るか事前に分かる方法があれば運の要素を排除できるはず。


米・カリフォルニア大学 理論物理学 アンドレアス・アレブレヒトの話し。

によれば運の要素を排除するような方法は存在しない。

それは宇宙の法則に反するため。

アルブレヒトは宇宙の 誕生を説明するインフレーション理論の創始者の一人。

彼はどんな極大な問題も量子レベルの極小の問題に還元して扱うことが考えられると言う。

物理学の見地から言えば運は存在する。

万物の基礎にあるものが量子力学だから。

ランダム性はこの世界を構成するあらゆる素粒子の基本的な性質。

素粒子の位置が正確に分かれば全てがきっちりと確定する。

ついそう思ってしまうが、それは量子力学の理論に反するもの。


コイン投げを例に考えてみる。

結果に影響を及ぼす要素、例えば人体や空気中の分子の位置などの要素がすべて把握できたとする。

コイン投げは様々な要素が複合的に作用して結果が出る。

例えば手の反射運動にミクロな視点で迫ると脳のニューロンが見えてくる。

ニューロンの働きは細胞内液に存在する神経伝達物質の動きに左右される。

しかし神経伝達物質の動きはランダムでその根源にあるのが量子力学。

コインの大きさ・スピード・神経伝達物質の不確定性などをすべて考慮し、表か裏かの確率を緻密に計算したとしてもその結果出てくるのはおなじみの値2分の1になる。

どちらの面が出るか確信は持てない。

分子についてどれだけ情報を持っていても 特有の不確定性を排除できない。

そこに運が生じる。

量子力学が示す不確定性は私たち人間を含むこの世のあらゆるものに適用される。

しかしこれは物理学者にとって悩みの種。

そのような不確定性はもっとスケールの大きな世界を解き明かす理論と一致しないため。

アルブレヒトが構築に関わったインフレーション理論もその矛盾にぶつかっている。

インフレーション理論とは誕生直後の宇宙が急激に膨張したという考え方。

そしてインフレーションがどのように起きたのか単純に仮定していくと宇宙は私たちの宇宙だけでなく他にも無限に存在することになる。

インフレーション理論によれば私たちの宇宙は数多くある宇宙のひとつに過ぎない。

これらの宇宙はそれぞれ完全に独立し互いに全く無関係に存在している。


例えば金魚にとっては金魚鉢がすべてで、金魚にとっての宇宙。

私たちの宇宙もそれと同じようなものかもしれない。

私たちが知っている宇宙はあくまでも一つの金魚鉢の内側。

外には無数の宇宙があるのかもしれない。

彼らはそれを『ポケット宇宙』と呼んでいる。

ポケット宇宙が無限に存在すると言うことは私たちの宇宙にそっくりで ほんの少しだけ違う宇宙がどこかに存在するかもしれないことを意味する。

問題は宇宙が無限に存在した場合、確率論のつじつまが合わなくなってくること。

量子測定とは素粒子がある確率を持つ計算をするもの。

もし宇宙が無限に存在するならば、量子測定によって得られる可能性が格段に広がり、あらゆる結果がどこかのポケット宇宙で生じることになってしまう。

ポケット宇宙を扱う理論では普通の確率と同じように量子確率を扱うことはできない。

ではポケット宇宙論と量子力学のどちらが真実なのか。

アルブレヒトはおそらく量子力学の方だろうと考えている。

『他の宇宙は見ることができないが、運は見ることができるから』


量子力学が示す不確定性は人間世界の運や不確かさランダム性の原点。

何が起きてもいいように備えておくしかない。

しかしまったく別の可能性もあるという科学者がいる。

世界の見方を一変させるような可能性。

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[無数の宇宙と無数の自分]

米・マサチューセッツ工科大学 理論物理学者 マックス・テグマークの話し。

彼は無数の別バージョンの貴方が異なる運命を持って存在していると言う。

誰しも物事が ほんの少し違っていたら人生がどうなっていただろうと考えたことがあるだろう。

一つか二つの運命のいたずらで、貴方は全く違う人生を歩んでいたかもしれない。

そのような別の人生がパラレルワールドで全て実現しているとしたら そこでは別バージョンの貴方が違う人生を送っているのかもしれない。

テグマークによれば運によって ただ一つの人生が決まるわけではない。

その証拠は同時にいくつもの場所に存在できる素粒子の性質にあると言う。

素粒子が同時に複数の場所に存在できるなら素粒子でできている人間も複数の場所に存在できるはず。

素粒子は存在できうる範囲全体に波のように広がっているが観測されると粒子に変わる。

つまり素粒子は観測されて空間のある一点に固定されるまで同時にいくつもの場所に存在しうる。

この奇妙な振る舞いは『波動関数の収縮』と呼ばれている。

しかしテグマークは実際には波動関数は収縮しないと考えている。


今観測によって一個の電子が出現したとする。

しかし私たちの宇宙から枝分かれしたパラレルワールドでは別の結果が出ていると言う。

今あなたが決断したことは脳内の素粒子一個の動きに左右されたものかもしれない。

そういう例はいくらでも存在する。

その素粒子が同時に複数の場所に存在するならあなたの人生も複数に枝分かれするはず。

テグマークの言う通りならあなたの別バージョンが無数に存在し、複数のパラレルワールドに複数の貴方が存在しているはず。

それは アルブレヒトが考えているポケット宇宙の概念とは違う。


全ては私たちの宇宙の別バージョン。

例えば100人のテグマークと100個のパラレルワールドが存在したと仮定する。

確率の法則によれば100歳まで生きるテグマークもいれば、既に亡くなっているテグマークもいるはず。

ただし、この理論にはひとつ落とし穴がある。

それぞれのテグマークは他のテグマークに何か起きてることを決して知ることはできない。


例えば、マックス・テグマークを薬で眠らせこの部屋に寝かせる。

そしてテグマークの完全な別バージョンをそっくりな別の部屋に寝かせる。

これを事前に知らされた上で『テグマークは自分がどちらの部屋で目を覚ますか予測することができるか?』

二人のテグマークが目を覚ます。

姿だけでなく感覚も記憶も全て同じ。

どちらのテグマークも自分が目を覚ましたのはこの部屋だと実感する。

外に出て部屋番号を確認するが、その数はランダムなものとしか感じられないはず。

どちらの部屋で目覚めることになるかを事前に予測するすべはない。

二人のテグマ-クは互いに気づくことなく、別々の現実を体験し見せかけのランダムさに気づくだけ。

実は両方の可能性が実現しているのに、一つの現実しか体験できないためランダムに思える。

運も偶然性もただの幻。

物事がランダムに起きたように感じるのは主観に過ぎない。

実際にはひっきりなしに別バージョンが生まれている。

別バージョンのテグマークは実現しなかったように思える もうひとつの可能性を体験している。

もし、あなたがルーレットで買ったらルーレットで負けた別バージョンがいる。

全ての可能性は実現している。


テグマークの理論はひどく荒唐無稽な理論で確認のしようがないように思える。

しかしテグマークによればこの理論の正しさを証明する方法がひとつだけある。

それは死なないこと。

例えば50%の確率で死ぬような災害が次から次へとテグマークを襲ったと仮定する。

すると その度に生き残るバージョンと死ぬバージョンが枝分かれしていく。

災害が襲うたびに私が生きている世界と私が死ぬ世界が生まれていく。

意識を持ったまま それを体験し続けられるは生き残ったバージョンだけ。

災害が繰り返されるとテグマークが生き残る確率と死ぬ確率は50%から25%、25%から12.5%へと半分ずつに減っていく。

その度に平行世界が生まれて より多くの別バージョンが死んでいき、ある世界のテグマークだけが生き残っている。

どんな災害にあっても生き残っているバージョンはきっと自分はなんて運がいいんだろうと思うだろう。

もしテグマークの一人が大きな災害に60回あっても生き残ったら彼の理論がほぼ正しいと証明される。

ただしその真実を知ることができるテグマークは一人だけ。

そこに至るまでに天文学的な数の別バージョンが命を落とすことになる。

現実的には複数のタグマークが存在するかどうかは確かめようがないままになる。


自分がルーレットに負けたら平行世界の別バージョンが勝っているという考え方は確かに奇想天外 に思えるだろう。

しかし人間の思いが宇宙を定めるわけではない。

物理学者の仕事は先入観を排除し宇宙の本当の姿を解明すること。

その姿はどうやら極めて奇妙なのもののようだ。

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余談

並行宇宙≒多元宇宙論が予測する宇宙の総数は10の500乗個という天文学的数字。

直感的には分かりにくいほど膨大な数。

地球上の人類すべてを75億人としてそれを10乗(75憶×75億×75億×75億×75億×75億×75億×75億×75億×75億)しても たかだか約5×10の98乗にしかならない。

(私が持っている関数電卓では100乗を超える数はエラーになるのでこれ以上計算できなかった)

要するにいかなる数の組み合わせの世界があったとしても10の500乗の世界を満たすほどのバラエティ(種類)を得られない事を意味する。

極論すると今の私と全く同じ運命をたどる別の世界(宇宙)の私が存在しても何らおかしくないことになる。

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[モーガン・フリーマンからのメッセージ]

パラレルワールドは存在するにせよ存在しないにせよ可能性として考えられる運命のうち自分がどの道をたどるかは知りようがない。

私たちの意識・DNA・私たちを形作る素粒子など全てが予測不能なものばかりだから。

人生の決断は全てギャンブル。

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