NHK Eテレ「宇宙人も神を信じるのか?」番組まとめ

2019年

NHK Eテレで放送された「モーガン・フリーマン 時空を超えて」

テーマ「宇宙人も神を信じるのか?」


人類は遥か昔から宗教を持ってきた。

では地球以外の場所、例えば宇宙人が存在したとして そこでも宗教は存在するのか。

その答えは身近なところで見つけることができるかもしれない。

死を悼む動物や進化した精神性を持つロボットを観察・考察する事で見えてくるかもしれない。

一部の科学者は知的生命が進化する事で宗教は無くなると言い、別の科学者は進化する事でむしろ宗教がより重要な役割を担うと言う。

神の存在を信じるか否かは理論物理学者が紐解く数式の中にあるのか、それとも哲学者の説く精神性の中に答えがあるのだろうか。

宗教が存在するのは地球だけなのか。

それとも遥かに文明が進んだ宇宙人も神を信じるのか。

様々な視点を持つ科学者の思考・実験や問いかけを元に考えてみる。

[番組内容(目次)]

[序章]

[モーガン・フリーマンの話し]

[宗教心は生まれつきか]

[動物にも宗教心が?]

[信仰が無ければ宗教は滅びる]

[宗教は絶滅危惧種?]

[人工知能にも宗教心が?]

[全ての心理は数式の中に?]

[宇宙の全てを知りうるのか?]

[モーガン・フリーマンからのメッセージ]

[独り言]

[解説]

(番組放送順と多少前後有り)

[序章]

人間は昔から天を見上げて神について考えてきた。

今の人間も同じ様に天を見上げるが昔の人たちとは少し違った事を考えるようだ。

あの夜空に輝く星々の周りに進んだ文明を持つ宇宙人がいるのだろうかと。

宇宙人がいるとしたら彼らも天を見上げて何を思うのだろう。

地球に住む私たちの様に神に祈るのか。

神とは全宇宙に共通の概念なのか?

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[モーガン・フリーマンの話し]

子供の頃、疑問の答えを見つけるために聖書が役立つと言われました。

例えば自分が何故ここに存在するのかという疑問に。

私は不思議に思いました。

こんなことを考えるのは自分だけなのだろうか。

宇宙人がいたら彼らも神に答えを求めるのだろうか。

生物は皆、このような疑問を抱えて生れて来るのだろうか。

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[宗教心は生まれつきか]

米国・ボストン大学 児童心理学者 デボラ・ケレメンの話し。

ケレメンは幼児が持つ疑問とそれに対して答えを求める情動について研究している。

幼児の思考を知ることによって宗教心を持つ事は生まれつきのものなのかを研究しているのだ。


言葉を話し始めた幼い子供たちは色んな事に答えを求めるようになる。

特に3,4歳ぐらいになると子供は親を質問攻めにするようになる。

例えば「何故耳があるの?」「何故豚は泥んこになるの?」「何故数には終わりが無いの?」

多くの場合、子供の心の中には説明を求める強い衝動が存在している。

多くの宗教では聖なる存在が特定の目的を持ってこの世の万物を創造したと考える。

私たちの脳は生まれつきそんな風に考えるように出来ているのだろうか。


ケレメンは子供を相手に ある実験を試みる。

先の尖ったゴツゴツした岩の絵を見せて子供に問いかける。

「どうして こんな岩があるんだと思う?」

「答えその一、長い間に小さなかけらが積み重なって尖った」

「その二、体が痒い動物が体をかけるように尖っていた」

子供の答えはほとんどの場合>「体をかけるように」となる。

子供は何らかの目的があって物事はそうなっているという説明を好む。

様々な年齢の子供に同じような質問をしてもその傾向は変わらない。

7,8歳を頂点にして子供たちは、あらゆる自然現象には目的があるという考え方を好む傾向がみられる。

あらゆるものは何か目的のために、意思のある何者かのために存在するという考え方は世界中の様々な宗教につながるものと言える。


大人になると岩が尖っているのは動物のかゆみとは無関係で地質学的理由だと理解するようになる。

それでも人の脳のどこかに自然現象には目的があるという発想が残っている様に見受けられるふしがある。

ケレメンはそれを確認するためのテストを考案した。


テストを受ける被験者の中には科学的知識があり自然現象には目的があるという考えを完全に否定する人もいる。

このテストでは自然現象には目的があるとした説明(=目的論)で説明する文章が短時間流れ、それに素早く答えてもらう。

思考する余裕をほとんど与えず直感的反応を試すテストになっている。

このような状況では大多数の人は目的論的説明を選ぶことが分かった。

人間は意図的に引き起こされる物事について考え、その目的を推測・思考する事に慣れている。

これが人間の特徴。

目的論的な説明は知性の核心部分に強く訴えかけてくる。

多くの大人は幼い子供同様に意識の奥底では万物は目的があって作られたと信じている様だ。


以上の事から もし宇宙人が人間と同じような進化をたどり似た文化を持っているなら目的論的な説明を生み出していると考えられる。

あらゆることへの宗教的な説明さえ持っているかもしれない。

次は人間ではなく、動物を観察する事で宇宙人が神を信じる可能性について探ってみる。

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[動物にも宗教心が?]

タイ・マヒドン大学 比較心理学者 ジョシュア・プロトニクの話し。

プロトニクはタイ北部に住み、ゾウの脳の働きを研究している。

プロトニクが所属するのはシンク・エレファント・インターナショナル、このリサーチセンターでは26頭のゾウを観察・研究している。

ゾウは人間以外ではトップクラスの知能がある動物。

行動と知能の進化について調べるのに適した研究対象。

鏡に映った自分(ゾウ)の姿を見て自分だと認識できるかどうかを調べてみる。


人間は毎日 鏡に自分の姿を映して身支度する事を当たり前のように思っている。

しかし それには「自己認識」と呼ばれる複雑な能力が必要。

「自己認識」は人間にだけある能力なのか。

それともゾウにもあるのだろうか。

ソムジャイという名の20歳のオスのゾウを使って実験を行う。

ソムジャイは鏡に映った自分の姿を見るのは初めて。

初めて鏡を見た動物はたいていの場合、「他の動物がいると思う行動」をとる。

鏡に触ったり後ろを探ったりする。

中には見つめ返す動物もいる。

しかしソムジャイは珍しい行動をとった。

足をあげたり口の中を見たり、人間と同じように鏡を使って自分を観察する行動をとった。

またテストしたゾウのうち数頭がソムジャイと同じような行動をとった。

これはゾウに「自己認識能力」があることを示す行動。

プロトニクによると、これはゾウに「心の理論(※1)」があることを示しているという。

他者の心を推し量り他者の立場で物事を見ることができる能力。

神の意志を推し測るのに「心の理論」は欠かせないものだから宗教の基礎となる能力とも言える。

ここでゾウには宗教心の土台となる心の理論が本当に備わっているのか。

プロトニクは それを確かめる実験も行った。

※1:心の理論=他者の心の状態、目的、意図、知識、信念、志向、疑念、推測などを推測する機能

参考サイト

ウィキペディア 心の理論


ゾウの体ほど大きな台の上にゾウの好物が入った器を二つ置く。

台とゾウの間には柵がありゾウは直接器を取る事が出来ない。

台の側面には輪っかの付いた金具いくつかあり一本のロープが通されている。

ロープの両端をゾウが引っ張れるように柵よりもゾウの側に出しておく。

ただしロープの両端を一頭で同時に引っ張れないように間隔を置いて設置。

ロープの一端だけを引っ張るとロープが金具の輪をすり抜けるので台は動かない。

台と好物とゾウの図

台を上手く引っ張り、好物を手に入れるにはロープの両端を引っ張ることを学ばなければならない。

パートナーと一緒に息を合わせてロープを引っ張れば好物にありつける。

実験の結果は>「パートナーと息を合わせてロープを引っ張り好物を手に入れる事が出来た」

この結果からゾウは他のゾウが考えていることを推察できる事が分かった。

ゾウは宗教心の土台となる「心の理論」を持ち合わせていると言える。


以上の結果は野生の世界で見られる行動を説明する事につながるかもしれない。

ゾウは家族が死んだ場所に戻り、思い出にふけるような行動を取ることがある。

ゾウは社会的動物なので家族を亡くした事を理解しているのだろう。

また、死んだ者への悲しみを表す動物はゾウだけではない。

あるバンドウイルカの親は死んだ子供を背中にのせて数日間泳いでいる姿が目撃された。

ゾウやイルカに死を悼む気持ちがあるなら何らかの宗教観を持ち合わせているかもしれない。

これらの事を考えると、

他の惑星に知的生命体が存在するなら人間と同様に神という概念を持っている可能性がありそうだ。


しかし地球であれ他の惑星であれ文明が高度に発達していく中で神という概念は必ず必要なものなのだろうか。

人間は宗教心の強い生き物。

90%以上の人が何らかの形で信仰心を持っていると言われている。

何故神がこれほど普遍的なものなのか、聖なる存在が至る所にあるからという人もいるだろう。

ただ一部の進化心理学者は別の理由をあげる。

彼によれば神の信仰が無ければ文明が存続できないからだと言う。

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[信仰が無ければ宗教は滅びる]

カナダ・クイーンズ大学 心理学者 ケビン・ラウンディングの話し。

ラウンディングは人類のような知的生物がなぜこれほど宗教を求めるかを研究している。

まず宗教の起源には幾つかの説がある。

例えば火山の爆発や地震など予測不可能な災害。

そういうものを説明するために宗教が生れたとする説。

ただラウンディングは宗教の誕生にはもっと必然的理由があったのではないかと考えた。

宗教に関連して起きる心の中に宿る「自制心」がなければ文明を維持できないのではないかと思ったのだ。

もし自制心が無ければ限られた資源の浪費や奪い合いによって文明はすぐに滅びただろうと言うのが彼の説。

ラウンディングは神という概念が自制心に大きな影響を与えていることを証明するための実験を行った。


被験者には単語の並べ替えを行ってもらう。

五つの単語から一つを外し、残った四つの単語で意味の通る文章を作ると言うもの。

この実験は二つのグループに分けて行った。

片方のグループには一般的な単語のみ与える。

もう一方には宗教的な意味を持つ単語を混ぜて実験。

例えば「神」「魂」「聖書」といった単語だが、あからさまでない単語にした。

あくまでも宗教的イメージが頭をよぎる程度の単語。

並べ替えの作業を終えた被験者は次の段階に進む。

オレンジジュースに酢を混ぜた物で この上なくマズい飲み物をコップ何杯飲めるかという実験。

ほとんどの被験者は吐きそうになるほどマズいため容易に飲めない。

数百人で試した結果宗教的単語に触れた被験者はそうでない被験者よりも およそ二倍の量を飲む事が出来た。

社会にとって自制心は不可欠。

その力によって人間は他人とうまく付き合い道徳的行動ができると言える。

神という概念には人間の自制心を強める働きがある。

自制心が無ければ人間は他人に対して攻撃的になり反社会的行動を取ると考えられる。

文明的な社会を維持するためにも人間は神を必要としてきたという事。

もし宇宙人が人間と同じ問題を抱えているなら やはり宗教的概念を必要とするだろうと考えられる。


社会に合った行動を促すモノは宗教。

人間は何万年もかけて高度な文明社会を作り上げてきた。

人間がいつの日にか出会う宇宙人はもっと長く文明を維持しているかもしれない。

利己的な欲求などを既に超越している可能性もある。

それでも宇宙人は神を必要としているのだろうか。

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[宗教は絶滅危惧種?]

米国・ノースウエスタン大学 応用数学者 ダニエル・エイブラムスの話し。

地球の歴史上すでに絶滅した動物が数多くいる。

アメリカマストドン、毛長マンモス、サーベルタイガーなどは環境の変化や人類による乱獲が原因で絶滅した。

エイブラムスは宗教も同じ状況に直面すると考える。

もし宇宙人が人類よりも進化しているなら彼らの宗教はどうなっているのか。

神は絶滅していないのだろうか。


エイブラムスは数学的手法を使って世界の様々な物事を予測している。

今、20台のメトロノームがボードの上にのっている。

このボードにはキャスター(車輪)が付いていて左右に揺れるようになっている。

20台のメトロノームはそれぞれバラバラにリズムを刻んでいて最初のうちは不協和音を奏でる。

ただメトロノームが起こす振動のため のっている台も揺れ動く。

ある時点で右に揺れるメトロノームが多かった場合、左に揺れる少数派は台の動きから伝わる力を受けて少しずつリズムがずれていく。

それを繰り返していくうちに ある時点で全てのメトロノームが同じ動きをするようになる。

揺れ動く台がメトロノームの動きを変えていった。

同期するものが増えていくと他のモノも加わらざるをえなくなり「転換点」と呼ばれる後戻りできない瞬間が訪れる。

転換点を迎える事を示した図

上のグラフで言うと赤い線が最後は0%か100%のいずれかに分かれる。

その部分が「転換点」

メトロノームの揺れに違いがあっても全体を見て右か左か、いずれか多い方に偏り始める。

そして、最後はどちらか一方に全てがそろうようになる。

人間社会でも行動の変化に「転換点」が訪れることがある。

例えば人間が日常的に使っている言語。

例えば南米ペルーに有ったインカ帝国は16世紀にスペインに征服された。

その征服下で生きるにはインカ帝国で使っていたケチア語ではなくスペイン語を話す必要がある。

初めのうちはケチア語も残っていたが 「転換点」を迎えることでケチア語は徐々に消滅へと向かう。

人が多数派に身を置きたがるのは「生きていくのに楽だから」

言語の場合は特にそうで、少数派言語になると言葉を話せる人は減り続ける。

(エイブラムスの計算によると既に転換点に達しているケチア語は21世紀末までに消滅する)

参考動画

メトロノーム同期のような現象は宗教にも起こる可能性があるのか。

エイブラムスは世界各国の国勢調査を分析した。

国勢調査には宗教に関する膨大なデータがあるため様々な宗教がどのように拡大あるいは縮小してきたかが分かる。

世界85の地域を調べたところ いかなる宗教も一切信じない無宗教の人口が どの地域においても急速に増えていることが分かった。

この傾向が続くかどうか確かめるためにエイブラムスは9カ国のデータを数学モデル(※2)に当てはめてみた。

するとケチア語と同様に宗教は転換点に向かっているという結論が出た。

例えばニュージーランドでは人口の3分の1が いかなる宗教組織にも属していない。

予測では2050年までに90%以上が無宗教になる。

エイブラムスが調査した9カ国のうち6カ国で2050年までに無宗教の方が多数派になると予測された。

社会の変化によって宗教を信じる人たちの数は次第に少なくなっていく。

※2:特に時間変化する現象を微分方程式などで記述すること


宗教が転換点に近づいている原因は宗教に属する事で利益が減ったためだとエイブラムスは考えている。

教会などの宗教組織はかつて文化的生活の中心的存在で、ここに所属しないと生活が困難だった。

しかし、その後社会が大きく変化し今では宗教組織に属さなくても生活上大きな問題はない。

人類よりもはるかに進んだ文明を持つ宇宙人なら宗教はとっくの昔に転換点に達している可能性がる。

だとすれば彼らにとって神という概念は過去のものになっているだろう。

この宇宙で物理法則は宇宙のどこでも当てはまると考えられている。

同様に人類と宇宙人の違いがあっても文明の発達や社会的行動が同じようなものになると言う考え方は理にかなったもの。

そういった考え方からすると宇宙人は無宗教かもしれない。


長い時間を経るとあらゆる文化は宗教の転換点に達し神は消滅するのだろうか。

宇宙人の文明は全く別の進化をしているかもしれない。

そこには生物とテクノロジーと宗教の融合が見られるかもしれない。

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[人工知能にも宗教心が?]

人工知能研究者 ベン・ゲーツェルの話し。

どこかに宇宙人が実在するとしたら人類よりも数百万年も進んだテクノロジーを持っているかもしれない。

そこでは精神と機械が融合し さらにその先の段階に進化している可能性がある。

現実とバーチャルが一つになった世界で神はいったいどうなるのか。

ゲーツェルはテクノロジーが人間の精神性(※3)を増大させると考えている。

現代のテクノロジーは新たな形の関係性や連帯感をもたらしてくれる。

人間はテクノロジーの御陰で多くの人々とつながり、心に余裕ができ精神的に柔軟になっている。

※3:心のあり方、心構え


精神性は全宇宙について重要なもの。

テクノロジーが人々を結び付け、精神性を増大すると言う発想に基づきゲーツェルは大胆な実験を始めた。

それは人間と同じやり方で人工知能が自分自身と周りの世界を理解していくプログラム。

バーチャルな世界に登場する少女のキャラクター(以下「少女」に略)は バーチャル世界にいるロボットの行動を見て階段の作り方を学んでいく。

少女の設定は新しい物を面白がるようにプログラムしてある。

少女はバーチャル世界を見て回りながら新たな発見をし、階段以外にも新たな構造物を作っていく。

少女は世界や自分自身について学ぶうちにある種の精神性を持つようになる。

私は何故ここにいるのかといった根源的な質問さえするかもしれない。

十分な知性と柔軟性を持つ存在なら意識や精神性と言ったものを獲得するはず。

二つのキャラクターは私たちがメールでファイルをやり取りする様に、精神の一部を互いに交換し合うことができる。

そのため人工知能は人間には出来ない方法で精神的な体験を共有し合うかもしれない。

このような人工知能を何千年もかけて進化させれば「人工知能は自ら宗教の様なものを生み出す可能性がある」

ではこの様な人工知能がバーチャルな世界でなく現実の世界に入ってきたらどうなるだろうか。

それを考えるには人工知能が宿るボディや住む世界の事も考えなければならない。

ゲーツェルは人工知能がコントロールする人型ロボットをこの現実の世界で活動させようとしている。

これによって人工知能は現実世界でも活動できるようになり、いつか感情や信仰を持つようになるかもしれない。

テクノロジーの進歩は神の概念を弱める物でなくむしろ強めると考えている。

人間ではなくロボットと毎日接していれば失われるものが出てくる。

人と人の精神的結びつきや日常の温かみなど。

しかしロボットが知的・精神的な面でもっと進化していけば、彼らと付き合う中で「人との結びつきや感じる温かみとは違う新たなものを得る」ことができるはず。

それは人間だけでなく宇宙に存在するあらゆる知的生命体がたどる道なのかもしれない。

様々な種の宇宙人、そしてロボットのように完全なコミュニケーションを取れるようになっているかもしれない。

しかし精神的な認識は皆同じで知的な心を持つ全てに共通していると考えられる。


進化した宇宙人はロボットと同じように完全なコミュニケーションを取れるようになっているかもしれない。

数多くの脳が結びつくことで想像もつかないほど高い知性を獲得している可能性がある。

その知性で「宇宙の謎を全て解明できている」としたら神はどうなるのだろうか。

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[全ての心理は数式の中に?]

米国・マサチューセッツ工科大学 理論物理学者 マックス・テグマークの話し。

その昔今のような科学は存在せず心の拠り所として哲学や宗教だけがあった。

今では宇宙について多くの事が知られ知識の空白部分はどんどん埋められている。

さらに進化した宇宙人なら、まだ私たちが思いつきもしない疑問にさえ答えを出しているかもしれない。

知識の空白が完全に埋まった時神はどうなるのか。


テグマークは巨大な謎に満ちた宇宙に畏敬の念を抱いている。

同時にその謎を科学の力で解き明かしたいと考えている。

テグマークの出身地であるスウェーデンの祖先は雷を見ると北欧神話に登場する神「トール」(英名で「ソー」)を思い浮かべた。

昔はトールがハンマーで巨人と戦っておきるのが雷だと思っていた。

現在では天気予報は神話ではなく数学に基づいている。

そのため風速や気温などたくさんの数値を計測し天気を予測する。

テグマークが大学で雷について教える時もトールや彼が持つハンマーではなくマクスウェルの方程式によって説明する。

この方程式はあらゆる電気的事象を説明するだけでなく、新たなテクノロジーを人間に与えてくれた。

関連記事

ウィキペディア マクスウェルの方程式


数式によって自然界の出来事が科学的に説明できるようになると神の出番は減っていく。

このようなプロセスは宇宙のどこにでも当てはまるはずとテグマークは考えている。

文明が遥かに進んだ宇宙人には「神について考えることがあるのか」

そのヒントはチェス盤に見出すことができる。


チェスは宇宙のメタファー(※4)として最適。

それはチェスの本質が純粋な数学だから。

チェスの駒は真っ直ぐしか進めない、斜めにしか進めないといった数学的特性を体現している。

数学的なルールが全てで実際の駒が存在しなくてもゲームできるくらいだ。

テグマークによればこれは全ての宇宙に当てはまるという。

この宇宙は僅かな要素で出来ている。

全ての物質は電子やクォークと言った素粒子で成り立っている。

そしてチェスのコマがルールに従った動きしかできないように「素粒子も物理法則に従った動きしかできない」

(宇宙の構成要素である素粒子も数学的特性が全てだという事)

宇宙の仕組みを同じで、存在する全ては純粋な数学。

もし宇宙の全てを説明する方程式を発見したら あらゆる謎は消滅し、信仰も無くなるだろう。


知識の空白が無くなると「全ての問いに自ら答えることができるようになる」

こうなると神が入り込む余地はない。

宇宙のいかなる文明も宇宙について研究を勧めれば同じ数式に辿り着くはず。

しかし、そのような数学的真理に到達できるかどうかは分からない。

神は巧妙な手段で宇宙の真理を覆い隠しているかもしれないからだ。

※4:メタファー≒比喩、ある概念を別の概念を用いて理解する事、もの

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[宇宙の全てを知りうるのか?]

米国・ダートマス大学 理論物理学者・哲学者 マルセロ・グライザーの話し。

金魚が金魚鉢の外の世界を知りえる方法はあるのか。

金魚は鉢という狭い世界から出られない。

人間を含め どんなに優れた知的生命体も実は金魚鉢に閉じ込められ金魚と変わらないとしたら。


グライザーは宇宙についてどこまで知りうるかを考えている。

グライザーはフライフィッシングを好む。

自然に近づけるし、彼にとって思索を深めるのにうってつけだからだ。

また彼はフライフィッシングを科学というものの完ぺきなメタファー(上記※4参照)だと思っている。

釣り糸を投げる前は水中に何があるか分からない。

毛針という装置を使う事で、謎に包まれた水中の様子を少し理解する事が出来る。

科学も同じ事。

様々な観測機器を使う事で見えない世界が見えてくる。

科学はいつか「宇宙の謎を全て解き明かす」と考える人たちがいる。

しかしグライザーは「宇宙の全てを知ることは永遠にできない」という立場を取る。

それは東欧の数学者で史上最高と言われるクルト・ゲーデル(1906-1978)が1931年に発表した「不完全性定理」を根拠としている。

「不完全性定理」とは自己完結的な論理体系で可能な主張を体系内で全て証明する事は出来ないとするもの。

例えとして完ぺきな論理マシンを想定して言葉を使って論理的なやりとり=思考実験をしてみると分かりやすい。


思考実験の条件として、

論理マシンは「正しい発言だけ復唱する」

グライザーが誤った発言をしたら「沈黙する」

グライザー>>>論理マシン

↓↓↓     ↓↓↓

「2+2は4」>>>「2+2は4」

「2+2は5」>>>・・・(沈黙)

「私は『2+2は5』と言えません」>>>「私は『2+2は5』と言えません」

ここで『2+2は5』は間違いだが「そう言えない」と付け加えることで正しい事になり復唱できる。

次に論理マシンを混乱させるパラドックス(矛盾)を仕掛けてみる。

「私は『2+2は5』と2回言えません」>>>「私は『2+2は5』と2回言えません」

「私は『2+2は5』と2回言えません」(立て続けに)「私は『2+2は5』と2回言えません」>>>・・・(沈黙)

マシンは論理の罠に捕えられ復唱する事が出来ない。

だが沈黙する事は「間違っていない発言が間違っているとする」事態に陥る。

グレイザーの罠は「私は『2+2は5』と2回言えません」までは正しいが、立て続けにもう一度(2回目)を繰り返している事で2回言っていることになる事になり「正しくない事を言っている」

要するに一つの文章で正しい事と誤った事を同居させたわけである。

この問いに明確に答えが出せるならこの世の真理を知っていることになるが、分からない状態に陥るなら全ての真理(正しい事)が分かっているとは言えない事を示す。

数学・物理学・宇宙論 どんな知識体系も全ては定義上不完全だと言える。


上記の思考実験の結果からグライザーは「知識は一定の領域内に捕らわれている」という。

番組ではマトリョーシカを使った例えを紹介したが ここでは少し違った例えで説明する。

古来日本では日本と周辺の国、例えば朝鮮や中国といった国ぐらいが世界の全てだと思っていた。

織田信長の時代に宣教師が持ち込んだ地球儀を見て日本は大きな地球の中のちっぽけな存在であることに気付かされる。

日本での戦さ=領土争いはそれまで この世の全てだったのに、知ってしまうと比較しようがないほど小さな範囲での出来事。

また地球が太陽の周りをまわっている事を知ると、地球がこの世の中心だった考え方は誤りであり太陽系を知ろうとする動きに変わる。

さらに太陽系は銀河系の一部であり>>>>銀河系は宇宙の一部であり>>>宇宙は観測可能な範囲の外にも ひょっとすると別の次元にも存在するかもしれない・・・・・

小さな世界にいる時は謎で終わっていた出来事も「一つ大きな領域に踏み込むことで謎が解ける」ことが往々にしてある。

だが、「より大きな領域には より多くの知識と謎がある」

次々と証明できないモノにぶつかり次々と大きな領域を目指すことになるのだ。

しかし今の宇宙から出られない以上 現在抱える謎を解き明かすことは不可能。

人間が知りうる範囲には限界があるという事になる。


ゲーデルの不完全性定理が示しているものは「理性的思考で全ての真理を明らかにするのは不可能」という事。

宇宙の全てを見るには宇宙そのものから離れて見なければならないからだ。

この宇宙には人間が知りえないモノや説明不可能な審理が存在する。

そこに神などの超自然的概念が入ってくる余地がある。

知性の働き方が宇宙共通だとしたらゲーデルの定理は他の星でも当てはまるはず。

人間よりもはるかに優れた文明を持つ宇宙人がいたとしても宇宙の全てを知り尽くす事は出来ない。

いかなる知性でも知りうる範囲に限界があるためだ。

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[モーガン・フリーマンからのメッセージ]

人類も宇宙人も常に知識を追い求めているはず。

その追及は永遠にゴールに達しない。

もし宇宙人と出会ったら私たちの社会や価値観は根底から覆されるだろうと言われている。

しかし二つの世界がどんなに違っていても永遠に埋められない知識の空白がある以上「そこには神という共通の概念が存在するかもしれない」

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[独り言]

「死んだらどうなるのか」「死後の世界はあるのか」など考えても結論が見えない疑問を探求すると「この世が何故存在するのか」という究極と言える疑問に行きつく。

科学が進んだ現代社会における神の存在は、(宗教を信じる人たちの反感を買うかもしれないが)「こうした解けない疑問に対する言い訳」として都合のよい道具に感じる。

ただ それは単なるいいわけではない。

何故なら人間は思考を止めない生き物。

言い訳だと思っていたとしても必ず次には「神とは何か」という考えを巡らせてしまう。

結局のところ神について人間には存在なのか概念なのかも分からない。

もしかすると神は宇宙という存在を幾つも作り出し、その中に生命を芽生えさせて思考させ、自ら(神)に辿り着くことができるかどうか壮大な実験をしている存在なのかもしれない。

余談

知り合いなどと世間話をしていると地球上の生命の中で「人間は凄い」「人間だけが知的生命」的発言をよく聞く。

「言葉や道具を操り」「文字を残しコミュニケーションのツールにし」「ビルなどの構造物を作り出すテクノロジーを持っている」というのが根拠の源。

だが人間ほど生命力に乏しい生き物も そうはいない。

裸で放り出されたら小動物は別として真っ先に死ぬのは人だろう。

また人間と他の動物では「宗教観の有無についても違う」と多くの近親者は言う。

だが事故で死んだ死骸は見るが、数多く身近に存在する野鳥の死骸を滅多に見ないのは何故だろう。

山に分け入ってもシカやクマ・イノシシと言った動物の死骸を見るのは極々 稀れ。

推察するに おそらく彼らにも宗教観がある。

自らの死期が近づくと それを悟り、自らが選んだ場所へと移っていくのだと思う。

人間の様に埋葬する手段や思想を持っていないのに その骸(むくろ)を見ないのなら なおの事彼らには宗教間があるからだと思っている。

また彼らは この番組でも取り上げられた「心の論理」をもっている。

野鳥に見られる「混群」などは そのよい表われ。

シジュウカラやメジロ・コゲラといったスズメ大の野鳥は互いの連携を保つ事で餌を分け合い、外敵から身を守るための手段としてこの行動を用いている。

これらは相手と息を合わせ阿吽の呼吸で行動しなければ成立しない。

他にも最近撮影する事が叶った「コサギとカワウの追い込み漁」(参考リンクを以下に張り付け)でも「心の論理」がなければ考えられないような行動を彼らはする。

野鳥に限った話しではなく人間以外の動物にも宗教観があり、彼らなりの神が概念として存在すると思っている。

故に神は存在している。

関連記事

カラ類などスズメ大の野鳥たちが群れになって移動する「混群」

コサギとカワウの「追い込み漁」のやり方に見る「心の理論」

追申

私の周囲の人たちだけかもしれないが「神を信じない」という人に限って神頼みが多く見受けられる。

宝くじを買ったとき「当たります様に」とか「お正月には初詣を欠かさない」や「事故に会ったから神社でお祓いをしてもらった」など。

おそらく本人は強がっているというより認識していないだけで子供の頃に培った宗教観が呼吸する様に当たり前に身についてしまっているのだろう。

ここで私が言いたいのは彼らをディスルことではなく、おそらく「心の奥底で信仰しているにも関わらず気づいていない」という事だ。

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