ダイアナ妃の事故に思うシンクロニシティ

2019年

今年2017年8月31日でダイアナ元妃(以下「ダイアナ妃」)の事故死から20年になる。

命日が近い事も有り、テレビ番組では これからの数日間ダイアナ妃に関連したドキュメンタリーの放送が続く。

NHK BS1 8/29(火)深夜0:00~0:50 「BS世界のドキュメンタリー」『息子が語る”母ダイアナ”』

NHK BS1 8/30(水)深夜0:00~0:50 「BS世界のドキュメンタリー」『ダイアナ妃 心の真実』

BS258 Dlife 8/31(木)夜7:30~9:00 『ダイアナ 最後の100日』

フジテレビ系  9/1(金)夜7:57~9:49 金曜プレミアム」『衝撃の死から20年 悲劇のプリンセス・ダイアナ 最後の1日』

気付いただけで4本ある。

それだけダイアナ妃の存在は大きかったのだろう。

ただ私が今回 取り上げたいのは集団の意思によるシンクロニシティ

「意味のある偶然の一致」を指す言葉で哲学者のカール・グスタフ・ユングによって提唱された言葉である。

[ケース1]

ダイアナ妃が悲劇の死を向かえたのは フランス現地時間1997年8月31日の深夜0:00過ぎで日本時間では8月31日の朝7時ごろに当たる。

この日の日本は日曜日。

何か胸騒ぎを覚えて午前中、時間は定かでないがテレビをつけ飛び込んできたニュースがダイアナ妃の訃報を告げるものだった。

このような経験は一度ではない。

[ケース2]

F-1ドライバーのアイルトン・セナがイタリア サンマリノ・サーキットでの事故死をしたときは現地時間1994年5月1日の午後6時ごろ。

大型連休で休みだった事も有り当時フジテレビで放送されるF-1中継を見るかどうか悩んでいたが、疲れもあって録画予約して就寝した。

だが5月2日に入って直ぐの時間に胸騒ぎがして目が覚め、テレビを見るとアイルトン・セナが重体のテロップ。

F-1中継の時間になってもレース放送は無くアイルトン・セナの容体を気遣う番組解説担当の今宮淳氏とフジテレビアナウンサーの映像が延々と流れていた

そのままテレビを見続けるとアイルトン・セナの死亡確認が報告された。

[ケース3]

2001年9月12日の深夜 胸騒ぎがして起きてテレビを点けて見るとワールド・トレード・センターの1棟が煙を上げている映像。

テロップはテロの可能性を示唆。

見続けている中で もう1棟のワールド・トレード・センターへ飛行機が突っ込む映像が流れた。

この日は米国時間9月11日 アメリカ同時多発テロの日となった。

[ケース4]

2011年3月11日の午後。

仕事で建設途中の施設のバリアフリー用スロープで作業をしていたとき。

突然 眩暈を感じさせるような揺れで体がスロープを転がり落ちた。

少し時間が経つと周囲の電信柱が折れんばかりに揺さぶられていて地震であることに気付く。

揺れが納まって周囲の安全確認を済ませたが胸の中にうごめく不安が消えない。

ケース4の東日本大震災は直接の経験なので除外したとしても他のいずれのケースも私個人だけの経験ではなく近親者の多くが経験していた。

これらはシンクロニシティーが的を射た回答を示してくれるように思える。

2014年3月22日にNHKで放送された「超常現象 科学者たちの挑戦(NHKスペシャル)」の中の一つが その回答の一端を担ってくれるのではなかろうか。

これは集団の意識が集中すると素粒子レベルの動きで機能する乱数発生器の数値に偏りが生じると言うもの。

これはプリンストン大学のPEARプロジェクトや明治大学でも検証が進められている。

多くの意識 およそ10万人位の意識が一つにまとまると機械的な乱数発生器の出す値が偏ってしまう現象。

これが本当ならば上記のケースで胸騒ぎがしたのは偶然ではなく必然だったのかもしれない。

このシンクロニシティは陰(負)の要素だけでなく実験では陽の要素でも起こりうることを示している。

今後の研究成果に注目したいが、人の意識が他の人や素粒子に影響を与える事が分かってくるのかもしれない。

注記:私のオカルト・超常現象に対する立ち位置は「完全否定しないが肯定もしない、ただ科学的に推論することは止めたくない」

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